スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

平和を願う木

1945(昭和20)年8月6日に広島に原爆(リトルボーイ)が投下され、「広島には75年間草木も生えないだろう」といわれていた。

そんな中、爆心地から約1300mのところにある広島市基町(現:中区東白島町)の広島逓信局(現:日本郵政公社中国支社)の中庭で被爆し、爆心地側の幹半分が熱線と爆風により焼けてえぐられたアオギリ(青桐=Firmiana platanifolia Schott. et Endl)は、翌1946年の春に芽吹いた。

原爆の悲劇にも負けずに、たくましく育ったアオギリは、当時絶望の中にいた人々に生きる希望を与え、現在もその傷跡を包むようにして成長を続けている。

その(被爆した)アオギリは、1973(昭和48)年5月に平和記念公園・平和記念資料館東館北側緑地帯へ移植された(移設されたのは当初3本であったが後に1本は枯れ、現在は2本)。(田村さんのHPより引用)

現在は被爆アオギリに出来た種子が近くの植え込みの中で自然発芽し、出来た苗(被爆アオギリ2世)が親木の傍らに移植され、大きく育っている。




我が県にはこのような木がり、県人の私は昔から知ってたんですが、今年、ようやっと見に行きました。

10月に友人の結婚式があったので、そのついでです。

以前、平和公園に行ったのは小学校か中学校の社会見学だったと記憶しています。

だから、大人になって来たのは初めて。そんなもんですね。

60年以上経った今でも傷跡が残ってましたよ。戦争の面影すら無い時代に生まれた世代ですから、こういう痕跡を見ると、現実に起こった事なんだな~と。しばし感慨にひたりました。

で、せっかく来たんだから、種子でも拾って帰ろうと思ったんですが、既に剪定されてました。

市の管理部署が毎年剪定を兼ねて種子を採取して育て、学校や世界中に配布しているようです。時期が遅かった…。

が、しかし、そこは園芸家の端くれ。鵜の目鷹の目マニアの目。

地面にこぼれた5㎜くらいの種子を草の中から10粒程見つけました。
@IMG_1836


そして蒔いといたら、1個発芽して苗ができましてん。
@IMG_1835

現在は傍らの2世にも種子が出来ているようなので、

被爆アオギリ2世or3世ということになります。

最近核密約問題が明らかにされて話題になっていますが、二度と最悪の兵器が使われる事の無いように祈りつつ、育てようと思います。



スポンサーサイト
(^_^ゞ
生きてますた。
月別アーカイブ
カテゴリ
最新トラックバック
最新記事
最新コメント
プロフィール

はっぱ

Author:はっぱ
種子即蒔(・_・ )ノ" ゜

FC2カウンター
メールフォーム
メールフォームからコメントを送信して下さった場合は、「フォームからコメント送ったよ」。 と、ブログの記事(どの記事でも可)のコメント欄に書き込んで頂ければ助かります。 じゃないと気付かない可能性大です(^_^;)

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。